悪阻が想像してたより辛かった

『妊娠』

いつかは、と憧れてた。

自分の子どもに会いたいなぁと。

 

その瞬間はきた。

 

初めて妊娠検査薬で2本線を見た

信じられなくて何度も見直した

「妊娠…した…」

 

夫と二人で喜んだ。

幸せでいっぱいになった

 

【妊娠5週】

なんだかお腹がムカムカした

けれど食欲は凄かった。とにかく食べた

しかし数日後、ムカムカにプラス空腹の感覚

が気持ち悪く感じた。

「悪阻?」

とにかく気持ち悪さを解消したくて

プチトマトを口に放り込んだら良くなった。

「これが、悪阻かぁ。」

その時は悪阻の初体験に嬉しかった。

 

【妊娠6週】

朝から気持ち悪くなるようになったので

とにかく口に何か入れた。

パンやお菓子治るならと食べた。

数日後、気持ち悪くて嗚咽が止まらなかった。

トイレに駆け込むが吐くことが出来なかった。

「ドラマで見たことあるぞ…」

しかしさらに数日後、吐くことが始まった。

とにかく気持ち悪くて吐いた。涙が出た…

 

【妊娠7週】

お腹のムカムカがレベルアップしだした。

「これが食べ悪阻…」

空腹だと気持ち悪いのでひたすら食べた。

しかし、最初は持ち堪えてたものの

10分しないでまたムカムカ気持ち悪くなった。

「治っても10分も持たんのか…」

とにかく食べた。のに

吐いてしまう。

お風呂もどうしても毎日入れなくなった

この辺りから体の変化に驚いた

 

【妊娠8週】

ある事に気づいた。

食べ悪阻だからと言ってとにかく食べてた。

「体重が…」

体重増加が凄かった。

食べ悪阻の注意点らしい。

それから食べると言ってもあっさりしたものに

変えた。

トマトや蒟蒻ゼリーフルーツ酸っぱい梅グミ…

そしたら食事の好みに変化が現れた。

「食べれない…」

特に妊娠前食べれてた納豆や魚、ご飯が

口に進まなくなった。

他の食べ物も食べたいと思わないと

食べられなくなってしまった。

「パンなら食べれる…」

不思議なことにパンなら食べれた。

それから栄養取れてるのか不安なくらい

偏食になった。また涙がでた。

赤ちゃんに栄養いってるのかな…

食べれても吐いてしまうこともあって

精神的に体の変化についていけなくなった。

 

【妊娠9週】

悪阻のピークが始まった…

この頃は横になるかトイレで吐くかだった。

家のことをほとんど出来なくなった。

料理もできないし何も出来ない自分が辛かった

どうしても行かなきゃならない買い物は

とにかく必死だった。

口に飴を入れて、いつ吐くか分からない恐怖

に襲われながら袋を常備して足をひきづりながらスーパーに行った。

途中の川が魚臭く感じて吐き気が止まらなかった。

今までそんなに遠く感じなかったスーパーが

とても遠く感じた。

私をどんどん追い抜いて行く人達。

自分の歩くスピードの遅さに悲しみを感じた。

スーパーのお惣菜コーナー、魚コーナーの臭い

がとにかく気持ち悪かった。

 

【妊娠10週】

ひたすら引きこもりの日々だった。

仕事は丁度していない時だったので良かったのかもしれない。

世の中のお母さんが強く見えた。

こんな悪阻の中、仕事してる人いるなんて

信じられなかった。

まだ熱の方がマシじゃないか…

これは一体いつまで続くんだ…

終わりが見えないのが本当に辛かった。

赤ちゃんも頑張ってるから負けないと、

思える瞬間もあったが、いざ気持ち悪くなると

余裕がなくなってしまった。

 

 

 

 

 

悪阻で4キロ体重が減った。

ダイエットしてた時4キロなんてすぐ落ちなかったのに。

もっと減ってしまう人を知った。

入院してしまう人も知った。

「みんな、頑張ってるんだ…」

1人だけじゃないことを知った。

 

 

それからもまともに動けず時間は過ぎ

まともな食事もできず1日は終わり

いつ終わるのかも分からずひたすら耐えた。

 

 

妊娠15週あたりから

「あれ…気持ち悪くない」

急に訪れた体調の良い日。不思議だった

なんだかハヤシライスが食べたくなった。

恐る恐る食べた。

涙が出た。

「美味しい…食べれる…」

ご飯を美味しく食べれることに幸せを感じた。

ぺろりと食べれた。

それから嘘みたいに辛かった悪阻から抜け出せたことに

「体調良い時ってこんな感じだったか…」

なんとか悪阻を乗り切った。

 

 

 

初めて悪阻を体験して

悪阻がない人もいると知った。

でも、こんなにこれ以上に悪阻が辛いことを

妊娠するまで知らなかった。

命を育てるって大変だと強く感じた。

出産の痛さしか想像つかなかったけど

出産以外にもこんな思いをしてたなんて

世の中のお母さんを本当に尊敬した。

ドラマの少しトイレで嗚咽するイメージ

しかなかったのでとても驚いた。

 

 

 

 

 

女性は強いなぁ

 

 

 

 

 

思い出すとほんと辛かった…

まるで体験映画!おすすめゲーム3選

ぴ!はじめまして、ぽぴまるです。

 

皆さん最近ゲームはしていますか?

最近のゲームは本当に凄いですよね。

何が凄い?のか。それは

 

【自分の選択でエンディングが変わるゲーム】

 

 

人生とは選択次第で変わっていきますよね。

人生とはタイミング。一回だけです。

 

 

その【選択】【タイミング】について

考えさせられるゲームがあります。

 

 

今のゲームはスケールがとても大きく、

登場人物の動きも背景も本当にリアルです。

まるで映画を観てる気分になります。

映画とは違って操作をするので、

まさに【体験映画】なのです。

 

 

そんな【体験映画】の様な【ゲーム】で

考えさせられた、感動した3選を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3位【Walking dead  ウォーキングデッド】

 

 

聞いたことある方もいるかと思いますが、

ゲーム版があります!

ですが、実際にやっているドラマとは

ストーリーは変わってきます。

 

ゾンビの世界のストーリーですが、

なんとも心が締め付けられるそんなゲームです。絶望の世界になってしまった中、希望を捨てずに生き延びようとする登場人物。

そんな絶望の世界で出会う仲間との協力、

別れや裏切り。意見のすれ違いや、争い。

時には辛い選択をしなければいけない状況。

それも全て、生きるため。

選択をする度にこれが正しかったのか、と

悩まされるゲームですが、その度に考えさせられるゲームです。

一体誰を信じたらいいのか分からない、

希望を捨てずに強くならなきゃいけない、

大切な人を守りたい、

何か感じることがあると思います。

是非体験してもらいたいゲームの一つです!

 

 

 

 

 

 

 

第2位【Life is strangeライフイズストレンジ】

 

 

このゲームは時間を巻き戻して未来を変える

ストーリーです。現実じゃあり得ない事ですが、人生について考えさせられるゲームです。

あの時、ああだったら…

なんて事、皆さんもあるんじゃないでしょうか。この登場人物もその後悔から、時間を巻き戻して未来を変えていきます。

しかし、それは正しいのでしょうか?

未来は、運命は、人生とは既に最初から

決められているものだとしたら?

皆が幸せならいいのに。

人生とは巻き戻しは出来ません。

一回だけです。

そんな一度きりの人生について考えさせられる

凄いゲームでした…!

 

 

 

 

 

 

 

第1位 【Detroit Become Human デトロイト

 

 

有名なゲームですよね!

これをみて凄いゲームきたと思った方多いと思います。これぞまさに、体験映画ですね。

もう映画を観てる気分になっちゃいます。

とにかくクオリティが高い!

登場人物の動きも表情もとてもリアル。

もちろん背景も。

このゲームはアンドロイドが主役となります。

世の中にアンドロイドがいるのが普通になったら?

アンドロイド目線になるので、これまた

考えさせられます。なんと言ってもストーリー分岐が多い!

選択次第で全然違うストーリーになっていくので、最後までドキドキが止まりません!!

ダイナミックな映像とBGMもまた素晴らしい。

知らない方は是非オススメしたいですね。

 

 

 

 

 

 

いかがだったでしょうか?

3つとも選択次第でストーリーが変わっていきます。その一つ一つの選択で未来が変わるのです。

最近のゲームはただのゲームではなく、

ストーリーがとても深く、考えさせられる

そんなゲームが多いです。

映画だけでなく

ゲームを通して、人生の考え方について

少しでも得るものがあればなと思います。

 

ゲーム苦手!な方でもゲーム実況を見るのを

オススメします!!

それぞれエンディングが違うので

面白いと思いますよ。

 

 

もう戻れない青春した吹奏楽の話

今週のお題「夏休み」

 

 

夏休み。

その言葉を聞くと、もうやり直すことができない青春の一ページが

頭の中で物語を早送りされたかのように流れてくる。

 

そう、それは高校二年生の頃。

私は吹奏楽部だった。中学生の時に初めて入部してかれこれ五年目になる。

楽器の担当はクラリネット

吹奏楽だと言うと、「何の楽器吹いてるの?」と聞かれることが多いが、

クラリネットと答えると大体「なにそれ?」か「リコーダーみたいなやつ?」

と返答されることがほとんどだ。

(そんなリコーダーみたいに息吹いただけで簡単に音出ないのになぁ)

 

吹奏楽って楽そうだよね、と言われることも少なくない。

そんなことはない。

言ってしまえば運動部並だ。

毎日の腹筋や腕立て伏せ背筋などの筋トレや、腹式呼吸や音感のトレーニング。

外周もあれば、表情と発声の練習だってした。

(体力テストで文化部の吹奏楽がやたら記録が良いのはそれが理由である。)

 

そんな吹奏楽にとって一番と言える大きな舞台が、毎年夏に開催される

吹奏楽コンクール】だ。

コンクールにはA、B、C部門があって、自分たちの学校はB部門に出ることになった。

A部門には有名な強豪校も多く参加しており、本来ならばそちらに出場したかったが

残念ながら、自分たちの部員は20人も満たない少人数だった為

(A部門は最高で55名ほどの人数で出場ができる為、ほとんどの学校が最高人数の55名で出場してくる。とは言え、B部門でさえ最高30名出場できるので、自分たちの学校は人数で言ったらとても不利だ。)

A部門はかなり厳しかった。

 

少人数から分かると思うが、自分たちの学校は代表で選ばれる歴史はなく

他の学校からしたら吹奏楽の世界では”無名”の学校だった。

歴史が変わろうとしたのは去年のこと。新しい顧問がやってきた。

その顧問はとても吹奏楽に対しての情熱が熱く、全国大会への夢をみていた。

残念ながらその年は予選で銀賞だった。

(予選で金賞を取らなければその次には進めない。)

銀賞ではあったが、それは大きな成長だった。

少人数であった為、一人一人の意識の高さと技術はとても高かった。

コンクールが最後となる三年生の先輩たちの悔しい気持ちと涙は忘れられなかった。

 

顧問は三年生の先輩以外を集めてこう言った。

「来年は君たちと上へいきたい。少人数なんて関係ない。無名な学校かもしれないけど、それは注目されるチャンスでもある。歴史を変えよう。」

 

顧問は真っ直ぐ自分たちを見てきた。

顧問の気持ちより部員の意見を聞くのが先じゃないのか?

結果なんて部員は求めてないかもしれない。

楽しかった。全員がそう感じれば良いのではないか?

そんな感情はほんとになかったのか?と聞かれたら嘘になる。

けれど、顧問の熱い気持ち。このままでは変わらない。上にはいきたいけど

楽しかったならそれでいい。ほんとにそれでいいのか?

ほんとに上にいきたい学校はこんな甘い考えではないはずだ。

言ってみれば自分たちの何百倍も努力しているに違いない。

その何百倍も自分たちも努力しなければならない。

それに上にいけなかった先輩たちの思いも受け継ぐんだ。

そんな覚悟できるのか?

 

けれど、皆の気持ちは同じだったのだ。

「やりましょう先生。上へいきましょう。」

「革命おこしますか!」

「私たちが歴史を変える一期生ということで!」

 

できればこの瞬間からもう一度やり直したいと今でも思うことがある。

 

顧問と部員が一つになった瞬間だった。

 

 

その次の日から、練習は休むことなく始まった。

演奏する曲は、大編成の曲となった。グレードもとても高く、

かなり難しく大きな挑戦であった。

そんな大編成の曲を20名も満たない人数で演奏するなんて。

だが顧問はそこも狙いだと言ったのだ。

20名も満たない学校が大編成の曲でバーン!!と少人数とは思えない迫力を

演奏して、観客と審査員を圧倒させよう、と。

それには一人一人の音、技術が必要だ。

 

毎日毎日練習した。朝から夜遅くまで。

高校生活を部活に捧ぐほどの勢いで。

学校帰りにクレープ屋さんに寄ったりするのがもはや憧れだったりした。

休みなんてほぼない。なので部員仲間とは毎日顔を合わせていたので、

家族よりも一緒にいる時間が長かった。

もちろん吹奏楽はコンクールだけではなかった為、

文化祭やイベント会場、ボランティアに向けて演奏する練習。

卒業式、部活動紹介、演奏会などコンクールだけには集中できなかった。

とにかく一日を無駄にはできなかったのだ。

 

新入生を迎えた春が過ぎ(新入部員は5名も満たなかった)

季節は七月夏。

 

どれほどの時間を練習してきただろう。

時には上手くいかないこともあり、部員同士ぶつかり合うこともあった。

もちろん顧問とも。

顧問は自分たちの為に最大限の環境と経験をつくってくれた。

色々なプロの方たちからのレッスン。

他校との合同練習。

有名な楽団の演奏会を観に行ったり。

本格的なホール練習。

たくさんの刺激を貰った。

コンクール最後の追い込みだが、この時期は野球応援の練習本番があった。

しかしそれを理由にはしたくなかった。

 

額の汗を拭きながら何度も何度も練習した。

できないことに怒られ泣き、さらにできない自分に悔しく泣いた涙も

汗と共に拭きながら何度も練習した。

 

 

 

そして本番当日。

蝉の声が外で鳴り響く。天気は快晴。

真っ青な青空にもくもくと大きくて真っ白な雲が浮かんでいる。

この一年、長いようでとても短く感じた。

ひたすら毎日必死に走り続けた。

目を閉じると、その一つ一つが鮮明に浮かんでくる。

今日、その成果をだすときだ。

 

最後の音合わせが終わり、リハーサル室で円陣を組んだ。

なんだか寂しかった。

練習が嫌になったときだってもちろんあった。

けれど、今はそんな練習の日々が懐かしく感じる。

 

「みんなここまで着いてきてくれてありがとう」

   

顧問が”あのとき”と同じ眼差しで言ってきた。

 

「君たちなら上へいける。この6分を思いっきり楽しもう。」

 

 

舞台裏に移動した。

舞台では他の学校が迫力のある演奏を会場に響かせていた。

その演奏で鼓動が止まらなかった。

 

次だ。

 

ドキドキが一回一回大きく体の中で鳴り響く。

 

舞台スタッフから入場の合図がでた。

 

いよいよだ。

 

緊張は演奏が始まった瞬間びっくりするくらい消えたのだ。

覚えている。

観客席はほとんど満員だった。

ステージはライトに照らされ、眩しく、

その時観客席はほとんど見えなかった。

 

顧問は笑顔だった。

 

ああ、終わってしまう。

 

最後の音を少人数とは思えない突き抜けた音で会場に響かせた。

 

終わった。

 

音が会場から消え一瞬の間があった。

観客席の反応は眩しくてよく見えない。

顧問の合図と共にザッと立ち上がった。

その瞬間、大きな拍手に包まれた。

 

あの舞台で感じた何とも言えない達成感と快感は忘れられない。

 

 

 

夏休み。

その言葉を聞くと、いつもこの長いようで短い夏の青春の一ページを思い出す。

もう二度と経験ができない学生時代の部活。

今の学生がとても羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、結果はどうだったかって?

 

それは何百倍も努力しましたからね。

 

まさかもう一回あの曲を吹けるなんて、舞台にまた立てるなんて、

思ってもいなかったなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の母はフィリピン人。あるあるまとめてみた

 

 

「自分の親はフィリピン人!」

 

「知人に親がフィリピン人の人いるわ」

 

なんて人いませんか?

 

そんな親がフィリピン人のあるあるをまとめてみました。

 

●子供の頃怒られる時はやたら物が飛んでくる●

 

なにか悪さをした時や、怒られる様なことをした時物が飛んでくるんです(笑)

ティッシュの箱やテレビのリモコンとかですね…

ほうきの棒や、つっぱり棒なんか持って

追いかけてくるなんてこともありました。

親が日本人の友達にそのエピソードを話すと

「虐待(笑)」

と驚かれる事が多いです(苦笑)

 

 

●やたら話す声がデカい。特に電話のとき●

 

フィリピン人だからと言うことではないかも

しれませんが、やたら声の音量がデカすぎる(笑)

家に帰る時なんて外まで母の声が聞こえるなんてことも…

一緒に外にいるときは、日本語ではない言葉を

やたらデカい声で喋られると

子供の頃は恥ずかしかったものです(笑)

 

 

 

●フィリピン人同士での会話の時、なぜかたまに日本語が混ざってる●

 

フィリピンの言葉(タガログ語)でお友達と

話してる母ですが…

 

「~~~◎△× × ~~~、木曜日だから!!~~☆~」

「~~◎!~~△わかった!~△~~そうなんだぁ」

 

等と「何故そこは日本語なんだ?!(笑)」

とツッコミたくなる様なことがよくあります(笑)

 

 

 

●写真を撮る時はやたらモデルポーズ●

 

写真を撮るのが好きな母ですが、

やたら足を斜めにしたり顔を曲げてみたり

正面で撮ることはあまりないです(笑)

特にフィリピン人の皆で写真を撮ったときは

全員が我が我がとモデルポーズをキメてて

これまた面白いなと思いました(笑)

 

 

 

●踊りが好き。踊るときは腰から●

 

ダンスが好きな母なのですが、

カラオケなど盛り上がる曲になると急に踊り出します(笑)

そして踊るときは「腰から!!」と

やたら腰を回して踊るんですよね…(笑)

 

 

 

●おふくろの味はフィリピン料理●

 

母が良く作ってくれたフィリピン料理は

シニガンとアドボ等でした。

親が同じフィリピン人の友達に話すと共感してくれるのが嬉しいですね。

料理ではないですが、「バロット」なんて聞いて、わかる人はわかりますよね…(苦笑)

 

 

 

●夫婦喧嘩は大体、お金問題●

 

夫婦喧嘩はどこにでもあると思いますが、

親がフィリピン人で、喧嘩の理由がお金問題

って少なくはないのでは…?

 

 

 

 

●なんだかんだ露出する格好がすき●

 

いくつになっても肩出しの服や、背中が空いてる服着ることが多いですね(笑)

いつまでも若くいたい!って思うのは素敵なことですけどね!

 

 

 

●最後に●

 

いかがだったでしょうか。

少しでも「わかる(笑)」と共感したことや

自分のフィリピンの親はこれが!

等、エピソードありましたら是非教えて下さい(笑)