もう戻れない青春した吹奏楽の話

今週のお題「夏休み」

 

 

夏休み。

その言葉を聞くと、もうやり直すことができない青春の一ページが

頭の中で物語を早送りされたかのように流れてくる。

 

そう、それは高校二年生の頃。

私は吹奏楽部だった。中学生の時に初めて入部してかれこれ五年目になる。

楽器の担当はクラリネット

吹奏楽だと言うと、「何の楽器吹いてるの?」と聞かれることが多いが、

クラリネットと答えると大体「なにそれ?」か「リコーダーみたいなやつ?」

と返答されることがほとんどだ。

(そんなリコーダーみたいに息吹いただけで簡単に音出ないのになぁ)

 

吹奏楽って楽そうだよね、と言われることも少なくない。

そんなことはない。

言ってしまえば運動部並だ。

毎日の腹筋や腕立て伏せ背筋などの筋トレや、腹式呼吸や音感のトレーニング。

外周もあれば、表情と発声の練習だってした。

(体力テストで文化部の吹奏楽がやたら記録が良いのはそれが理由である。)

 

そんな吹奏楽にとって一番と言える大きな舞台が、毎年夏に開催される

吹奏楽コンクール】だ。

コンクールにはA、B、C部門があって、自分たちの学校はB部門に出ることになった。

A部門には有名な強豪校も多く参加しており、本来ならばそちらに出場したかったが

残念ながら、自分たちの部員は20人も満たない少人数だった為

(A部門は最高で55名ほどの人数で出場ができる為、ほとんどの学校が最高人数の55名で出場してくる。とは言え、B部門でさえ最高30名出場できるので、自分たちの学校は人数で言ったらとても不利だ。)

A部門はかなり厳しかった。

 

少人数から分かると思うが、自分たちの学校は代表で選ばれる歴史はなく

他の学校からしたら吹奏楽の世界では”無名”の学校だった。

歴史が変わろうとしたのは去年のこと。新しい顧問がやってきた。

その顧問はとても吹奏楽に対しての情熱が熱く、全国大会への夢をみていた。

残念ながらその年は予選で銀賞だった。

(予選で金賞を取らなければその次には進めない。)

銀賞ではあったが、それは大きな成長だった。

少人数であった為、一人一人の意識の高さと技術はとても高かった。

コンクールが最後となる三年生の先輩たちの悔しい気持ちと涙は忘れられなかった。

 

顧問は三年生の先輩以外を集めてこう言った。

「来年は君たちと上へいきたい。少人数なんて関係ない。無名な学校かもしれないけど、それは注目されるチャンスでもある。歴史を変えよう。」

 

顧問は真っ直ぐ自分たちを見てきた。

顧問の気持ちより部員の意見を聞くのが先じゃないのか?

結果なんて部員は求めてないかもしれない。

楽しかった。全員がそう感じれば良いのではないか?

そんな感情はほんとになかったのか?と聞かれたら嘘になる。

けれど、顧問の熱い気持ち。このままでは変わらない。上にはいきたいけど

楽しかったならそれでいい。ほんとにそれでいいのか?

ほんとに上にいきたい学校はこんな甘い考えではないはずだ。

言ってみれば自分たちの何百倍も努力しているに違いない。

その何百倍も自分たちも努力しなければならない。

それに上にいけなかった先輩たちの思いも受け継ぐんだ。

そんな覚悟できるのか?

 

けれど、皆の気持ちは同じだったのだ。

「やりましょう先生。上へいきましょう。」

「革命おこしますか!」

「私たちが歴史を変える一期生ということで!」

 

できればこの瞬間からもう一度やり直したいと今でも思うことがある。

 

顧問と部員が一つになった瞬間だった。

 

 

その次の日から、練習は休むことなく始まった。

演奏する曲は、大編成の曲となった。グレードもとても高く、

かなり難しく大きな挑戦であった。

そんな大編成の曲を20名も満たない人数で演奏するなんて。

だが顧問はそこも狙いだと言ったのだ。

20名も満たない学校が大編成の曲でバーン!!と少人数とは思えない迫力を

演奏して、観客と審査員を圧倒させよう、と。

それには一人一人の音、技術が必要だ。

 

毎日毎日練習した。朝から夜遅くまで。

高校生活を部活に捧ぐほどの勢いで。

学校帰りにクレープ屋さんに寄ったりするのがもはや憧れだったりした。

休みなんてほぼない。なので部員仲間とは毎日顔を合わせていたので、

家族よりも一緒にいる時間が長かった。

もちろん吹奏楽はコンクールだけではなかった為、

文化祭やイベント会場、ボランティアに向けて演奏する練習。

卒業式、部活動紹介、演奏会などコンクールだけには集中できなかった。

とにかく一日を無駄にはできなかったのだ。

 

新入生を迎えた春が過ぎ(新入部員は5名も満たなかった)

季節は七月夏。

 

どれほどの時間を練習してきただろう。

時には上手くいかないこともあり、部員同士ぶつかり合うこともあった。

もちろん顧問とも。

顧問は自分たちの為に最大限の環境と経験をつくってくれた。

色々なプロの方たちからのレッスン。

他校との合同練習。

有名な楽団の演奏会を観に行ったり。

本格的なホール練習。

たくさんの刺激を貰った。

コンクール最後の追い込みだが、この時期は野球応援の練習本番があった。

しかしそれを理由にはしたくなかった。

 

額の汗を拭きながら何度も何度も練習した。

できないことに怒られ泣き、さらにできない自分に悔しく泣いた涙も

汗と共に拭きながら何度も練習した。

 

 

 

そして本番当日。

蝉の声が外で鳴り響く。天気は快晴。

真っ青な青空にもくもくと大きくて真っ白な雲が浮かんでいる。

この一年、長いようでとても短く感じた。

ひたすら毎日必死に走り続けた。

目を閉じると、その一つ一つが鮮明に浮かんでくる。

今日、その成果をだすときだ。

 

最後の音合わせが終わり、リハーサル室で円陣を組んだ。

なんだか寂しかった。

練習が嫌になったときだってもちろんあった。

けれど、今はそんな練習の日々が懐かしく感じる。

 

「みんなここまで着いてきてくれてありがとう」

   

顧問が”あのとき”と同じ眼差しで言ってきた。

 

「君たちなら上へいける。この6分を思いっきり楽しもう。」

 

 

舞台裏に移動した。

舞台では他の学校が迫力のある演奏を会場に響かせていた。

その演奏で鼓動が止まらなかった。

 

次だ。

 

ドキドキが一回一回大きく体の中で鳴り響く。

 

舞台スタッフから入場の合図がでた。

 

いよいよだ。

 

緊張は演奏が始まった瞬間びっくりするくらい消えたのだ。

覚えている。

観客席はほとんど満員だった。

ステージはライトに照らされ、眩しく、

その時観客席はほとんど見えなかった。

 

顧問は笑顔だった。

 

ああ、終わってしまう。

 

最後の音を少人数とは思えない突き抜けた音で会場に響かせた。

 

終わった。

 

音が会場から消え一瞬の間があった。

観客席の反応は眩しくてよく見えない。

顧問の合図と共にザッと立ち上がった。

その瞬間、大きな拍手に包まれた。

 

あの舞台で感じた何とも言えない達成感と快感は忘れられない。

 

 

 

夏休み。

その言葉を聞くと、いつもこの長いようで短い夏の青春の一ページを思い出す。

もう二度と経験ができない学生時代の部活。

今の学生がとても羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、結果はどうだったかって?

 

それは何百倍も努力しましたからね。

 

まさかもう一回あの曲を吹けるなんて、舞台にまた立てるなんて、

思ってもいなかったなぁ